about the old day

22歳位のある日、私は留置所に居た。留置所には既に1ヶ月居たので、生活には慣れた。手錠をしての取り調べ、科捜研の検証、刑務官の人がストップウォッチで測る歯磨きや入浴、ほとんどが窃盗犯の入所者、同じ房のおばさんが語る夢物語、見張り付きの服薬と自傷痕の治療、弁護士との接見、全てはどうでもよく、その私のどうでも良さに、「◯番」という名前は、よく似合っていたと思う。

母は可愛いTシャツを差し入れてくれた。『容疑者xの献身』も差し入れてくれた。本には◯のシールが貼られる。

本来の名前よりも「◯番」に何か触感のようなものを抱く頃、私は釈放された。

全滅だった病室からの就活の為に用意した、コムサリクルートスーツを着て、裁判に出た。友達が1人、傍聴席で脚を組んで、私を見ていた。

私は◯番に戻りたいと思い、無為に検事の女性の手元に目をやると、華奢で金色の時計がきらりと光って、眩しくて泣きたくなった。

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38kgくらいの時があった。別に痩せようとしていたのではなく、家に戻らず、お金も無く、日雇いの仕事をして、友人の家を渡り歩いているとそうなった。普通にお腹が空いているので、就寝時にはいつもお腹が鳴った。なぜ家に帰らなかったのかもよくわからず、家族と関係が悪かったという記憶もない。

私は38kgの身体を気に入っていた。黒いTシャツにさくらんぼのネックレスをして、赤い短パンを履いて裸足で歩く、金髪のショートカットにパーマをかけた、色白の若い女を、気に入っていた。裸足で歩く鴨川の、オリオンビールは美味しかった。

ただし、いつでもはらぺこでした。若い時だけのできごと。刹那的、ということが、私の望むすべてだった頃の話です。

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『なんかわからんけど、机に10万置いてあんねん』と言った親友のこと、私も皆も、私とその子は親友同士なんだと思っていたけど、私はきっとその子のことを何も知らなかったと思う。彼女はケイト・モスについて教えてくれ、私はリリー・コールについて伝え、2人でデボン青木を支持した。そんなことが楽しかった。ジェーン・バーキンの花嫁姿が可愛い、シャルロット・ゲンズブールも可愛い。キルスティン・ダンストの映画を観ないと。YUKIはいつだっていい。福山雅治ってそんなにかっこいいかなあ。そう言って制服で吸う煙草は美味しかった。彼女の煙草はマルボロで、私はセブンスター。彼女は身長が高くて長い黒髪をセンター分けにしていて、モデル然としていた。何かおじさんと付き合っているのは知っていた。

田舎の高校生離れした、コートの下をへそ出しのセーターで修学旅行に現れた彼女を、皆が呆気にとられる中、1人で大爆笑したのだけど、当時の彼女は私の世界で唯一のモードだった。モードとサブカルが仲良くしてるのが目立って、私達はスクールカーストの圏外にいることを、例外的に許された。

彼女が好きなモデル、俳優、ハイブランド、デザイナー、マスカラ、映画、本、全部知っているのに、彼女が付き合っている男の事は知らなかった。彼女は言わなかったし、私は興味が無かった。でも普通の高校生の恋愛じゃないだろうなとなんとなく思っていた。ルーズソックスの脚を組んで、夕陽をロングへアに透かした彼女が、『女子高生の制服はブランドなんやから。そんな適当に着たらあかん。』と言うので、その時も1人で大爆笑した。ふかわりょうヘアにしていた私に言われているんだけど。アホらし、と私は言ったけど、きっと彼女にはアホらしく無かっただろうなとたまに思う。

彼女は地元の子と結婚して、赤ちゃんを産んで幸せにしている。絶対イタリアあたりの富豪と結婚してパリだかニューヨークだかで、モードな生活を送ると思っていたから、いとも早く彼女が禁煙したこと、服がナチュラルな系統になったことなんかも、私には拍子抜けだけど、彼女が正解で、絶対の唯一の解なのだ。 私は、彼女から毎年律儀に届く誕生日プレゼントの、宛名の雄々しい筆文字を見て、毎年1人大爆笑している。赤ちゃんも少し大きくなったので、今年は同じ冬生まれの彼女に、彼女の好きだったハイブランドのルージュでも贈ろうかな。

彼女は、教室で腕を組み、電車でも映画館でも裁判所の傍聴席でも、その長い脚を綺麗に組む、美しい人です。