プリンの日

 モロゾフのプリンカップを洗ってコップとして使う。これは関西だとあるあるだと思うけれど、全国的にはどうだろうか。モロゾフは神戸の洋菓子屋さんだが、全国のデパ地下にお店がある。江國香織の小説に、モロゾフコアントロー味のシュークリームが好物だという主人公がいたけど、それは今は販売していないと聞いた。とにかくモロゾフは高くないし美味しいし、プリンもシュークリームもお土産として無難で、店舗がどこにでもあるから誰もが利用する。そして各家庭にはモロゾフの刻印のある小さなガラスカップが、戸棚に4つくらい鎮座することになる。
 私が子供の頃、コーラやオレンジジュースは歯が溶けるといって、大変に脅された。地域では生協が売っている「ミックスキャロット」という野菜ジュースをどの家庭も購入していて、遊びに行った先でミックスキャロットを飲ませてもらうのだが、その時によくモロゾフのプリンカップが登場した。普通のコップより2回りくらい小さいので、モロゾフのコップは主に子供用だったと思う。それも麦茶をごくごく飲むのではなくて、有害なジュースを特別に少しずつ与えられる時用のコップ。ミックスキャロットはもちろん、たまのコーラやファンタもモロゾフ印で登場する。分厚いガラスの小さなコップは、自分たちが子供であることの象徴のようだった。
 大人になって、たまたまモロゾフのプリンをご馳走になり、プリンカップが4つ手元に残った。昔と同じオーソドックスなつるんとしたカップと、なみなみの凸凹があるカップ。大人がコップとして使うには小さい気がしたが、なんとなく戸棚のコップの段に仕舞う。しばらく忘れていたが、先日アイスコーヒーを飲む時に使ってみた。アイスコーヒーは淹れるのではなくて、牛乳パック大の容器に入った出来合いのものだ。モロゾフのコップはアイスコーヒーを注ぐには笑えるほど小さかった。自分用と夫に、ままごとのように少量ずつ注ぐ。牛乳を少し加えると、コップは溢れそうになった。窓から差し込む西日に、コップが汗をかいて水滴がぽこぽこと表面を覆う。アイスコーヒーをちびちびと飲みながら、生協の注文用紙を捲る。私には子供がいないんだけど、今いる子供とかこれから産まれる子供とかに、いいことがあればいいなと思った。

豆腐ぶちまけDAY

 無職の日々を継続している。今月末に検査入院をして、それが終われば職安へ行こうと思っている。日々は無為に過ぎているけれど、仕事が本当に嫌いだったので、解放された今、仕事していた時には全然自発的に入れなかったお風呂に入ることが出来ていたりする。家で食事を作っている。簡単な昼食を作って(うどんとか)、15時までに夕食も用意してしまう。食べるのは19時ごろなので、チンして食べる。夫は在宅勤務が多いので、昼食も一緒に食べる。

 不安はある。私の給料が無くなり病院代がエグいので、経済的に我が家の運営が不安なんだけど、私も夫もお金のこととなると頭が使い物にならないのだった。どうでもいいやって気もする。大人がふたりしかいない家だから、どうにでもなるというか、痛い目を見るのは自分たちだけだから気楽ではある。この間、ベコベコのペットボトルの赤ワインをスーパーで買って飲んだら、甘くて美味しかった。おいしいハウスワイン的な名前のワインで、シュッシュッとしたタッチの水彩画で葡萄が描いてある感じのラベルのやつ。私はサイゼの100円のワインも大好きだし、安いワインを愛せる。安くて波波に注げるワインが好きだけど、高いワインを飲んだことがないから、高いワインを飲んだら安いワインを愛せなくなるのかも。でもそんなことはないと思うな。

 昨日まで雨が降って気温が低かった。私は春とか初夏の寒い日を憎んでいて、久しぶりに体調が悪く機嫌も悪く布団の中で腐っていた。今日は打って変わってとんでもなく晴天で、気分がいい。そして明日は30度を上回る最高気温である。私は摂氏30度くらいの気温が一番楽なので、本当に嬉しい。でも、米の保存場所とか考えないといけないよね。冷蔵庫に入れるの面倒だと思う(今はブリキ?トタン?製のボックスに入れていて、5キロが丁度ボックス1個分なのですっきりしている。でもこのボックスごとは冷蔵庫に入れられない)。

 いつか死にたい、あとですね、今日から2ヶ月で5キロ痩せたいデス。台所にある三角窓に、グレーの軸模様の布と黄色い大きな花柄の布を接いで作ったカーテンがかかっている。西日が差して、生地の白い部分がクリーム色に見える。今日は昼過ぎに鯖の干物を焼いて、お皿に出してサランラップをしていた。その鯖に直射日光が当たるのは、なんとなく保存上良くないように思ったので、カーテンを閉じていたのだった。いつか死にたい、それから明日は映画を見に新宿まで行きます。






 

春風

 髪を切った。かなり短くなって後ろは刈り上げたので、首がすうすうする。襟足をたまに自分でカミソリで剃らないといけないのが少し面倒だけど、大胆な髪型は私を満足させている。今のところ。

 春の気候はあまり好きではなく、起き抜けの空気の冷たさから予測できない、昼頃の気温の上昇、凶暴に吹く風、何もかもが優しくないと思うし、うすら寒いのがとにかく嫌だ。毎年そんな感じで体調も崩していたけど、今年は特にそういうことにはなっていない。仕事を辞めたから元気なのであった。夜も早くに寝ている。

 朝起きて、コーヒーを飲み、着替えて掃除機をかけ、シャワーを浴び、コンビニで酎ハイを買い、フレンチトーストを作り、食べ、酎ハイを飲みながら韓国ドラマを観て、晩ご飯を作り、食べて、韓国ドラマを観る。いつまでもこの生活ができる訳ではないけれど、次の入院までは少なくともこのように春休みが過ごせることになった。きっとどんどん質素な内容になっていくと思うけど、それでもかなり自由な無職でありがたいことです。

 部屋の中にいても空気がひんやりする。今日は昼には25度になるという話だけれど、そんな気配がしない。カーテンを開いた外は白い空で、黒い電線が細くくっきりとしている。富士山は今日は見えなかった。脳の病気をして手術したりしてから、何だか友達というものが恋しくなってしまって、色々な友達に会いたくなっている。実際に物理的に居場所が近い人は連絡して会うことになった人もいる。死ぬかもしれないという状態はとても居心地が良かった。もう死なないようになってしまうと、何だかつまらなく感じる。子供じゃないんだから、と自分でも苦々しく思うけれど、死ぬかもしれない時は別に寂しくなかったのに、死なないことになると、急に誰かと話がしたくなった。生きていくなら、ひとりは嫌だ。何だかアルコールの量も増えたような気がする。依存的な人間です。本当はそうでもないけど、でも助けは必要としている、常に。おばさんになってもね。

 無職なのでとにかくお金が無い。生活費はある程度夫が賄ってくれているが、人間には雑費というものがあるではないですか。急に本も自由に買えない立場になったので、仕方なく図書館を活用している。この街に引っ越してきて初めて、市の図書館の利用者カードを作った。小さな市なので図書館の規模も小さかったけれど、漫画も小説も読みたいようなものが揃えてあって、あとは子供の絵本が明るい個別の部屋にかなりの数があって、それらが好印象だった。メインフロアのカビ臭くて暗い感じも落ち着く。図書館自体は電車に乗ってバスに乗らないと行けないのだけど、ネットから予約が出来て、近くの公民館で予約書籍を受け取ることが出來、公民館の返却ポストで返却できるので、それを覚えてしまうと急に図書館が便利になった。「おたんこナース」を二回に分けて全巻読みました。小説も借りたけれど、今の無気力な生活ではあまり読めなかった。公民館では、何か怪しい薬物でも入っているかのようなシワシワの紙袋で本を渡されるので、特別な感じがする。

 昨日クレイジージャーニーを漫然と観ていて、丸山ゴンザレスの回で、パリの地下生活とかスラムを取材していた。パリの家賃って25万円以上とかで、そんなに高いんだとびっくり。それで地下に生活空間があってかなり広くて映画館まであるのでびっくり。とにかく生活っていうのは色々あるんだと思った。私も暮らしていくのかしら。どんなにかして、笑ってやっていけるといいけど。

 鏡台の小物を整理した。化粧品に消費期限があるのか私にはわからなかったが、ひび割れたアイシャドウや濁ったプラスチックの色々は、もう使うべき時期のものではないと思った。それらを容器ごと捨てて、片方しかないピアスや錆びた腕輪もゴミと見做した。木彫りのキリストの祭壇も捨てた。貰い物のシャネルのマニキュアも捨てた。
 窓辺にモンステラを置いている。葉っぱが陽に透けて、葉脈が血管のように伸びているのがわかる。モンステラの葉は巨大だ。少し、怖いと思った。霧吹きで葉に水を遣る。葉脈を見ていると、見れば見るほど無限に分岐していくように思えた。
 たとえば私に脳の病気がなかったとしても、今月何か意味のあることをするのは無理そうに感じる。どのみち、どん詰まりだった。

 先生は十万人に0.03人の珍しい病気だと言った。先生の親指は頻回の消毒で皮が剥けている。マスクをしているので目元しかわからないけれど、ネットで検索して見た顔写真では、なんだか顔のパーツが真ん中に寄っている印象だった。十万人に0.03人がはたして何人に1人なのか、どうでもいいと言えたし、だけどどうしてそんな中途半端な数字で示されるのかもわからなかった。多分、十万人のほうの比重が高いのだろうけど。
 病院はいつも室温が高い。病人は寒いのだろうか。パジャマ姿の女性がカラカラと点滴を連れて歩いているのを見て、モンステラの葉脈を思い浮かべた。
 帰りにコロッケを買った。私は買い食いをするのが好きで、コンビニでチキンを買ったり、マクドナルドでコーヒーを買ったり、とにかくそういうテイクアウトをよくするのだけど、その中でもコロッケとたい焼きはかなりお気に入りだ。あと焼き芋。いーしやーきいもーの声が聞こえてきて、お財布を持って走らない人が信じられない。
 知らないうちに春が来るのだと思う。春が来たなと思ったら、もう冬は忽然と姿を消していて、素敵で白い雪の代わりにものすごく凶暴な風が吹いたりする。それでキムチ鍋も煮込みうどんも、おでんも石焼き芋もどこかへ行ってしまう。春は正直苦手だ。桜味のお菓子も苦手だ。さくらなんとかフラペチーノだって、そんなにいいと思わない。
 どうしたらいいか。いつでもうまくやれないし、やりたいことはなかった。戦争の気配がして、それだけ悲しい。ゲームはあまりやらないから、全然上手くならない。モンステラを見上げながら床でゴロゴロしていると、爪が伸びているのを発見した。爪を切る。

退院

 全身麻酔で脳カテーテル手術をして、退院しました。ICUでは少し辛かったですが、特に頭痛などもなく、順調に回復しました。また検査で再入院もあるようだけど。目の見え方は今のところあまり変わりませんが、物が二重に見えるということはなくなりました。放っておくと脳出血などの可能性もあったので、とにかく手術したので、死んじゃうようなことは無くなったっぽいです。

 退院の日に、スタバのさくらなんとかフラペチーノを病院の出口にある店舗で買って飲みました。キンキンに寒い日だったので、しゃりしゃりしたフラペチーノは冷たくて目が醒めるようだった。それでもピンク色がかわいくて、中に入っているゼリーみたいのも嬉しくて、良かったです。ご褒美スタバを買う人は、病院では多そうだった。

 手術は4時間の予定が延びて、実際は6時間くらいかかり、待合室で夫はかなり不安だったようだ。その他に、私の退職日が入院している期間と重なり、一時的に無保険になったりして、金銭面でも気を揉むことがあった。コロナで面会も週二回、一回15分と決められていて、それも心許なかった。なかなか今の時期、入院も大変ですね。

 ほっと一息です。柚子茶をよく飲んでいる。

血管ケッカン欠陥

 1月末に眼科クリニックから大学病院を紹介されて、大学病院の眼科に通って色々検査をしたところ、神経内科で腰椎穿刺の検査をするように言われて、腰椎穿刺の結果採血や造影剤MRIを撮ることになって、その結果脳神経外科に紹介状がでて、脳カテーテル検査で入院することになり、その結果来週手術をするといっためくるめく状況です。何やら上矢状洞の硬膜動静脈瘻というレアな病気らしいです。

霞目の目薬をもらいに行くくらいの気持ちで眼科に行ったのに、大変なことになってしまった。おまけに腰椎穿刺の副作用で酷い頭痛に見舞われて、点滴をして寝たきり安静で過ごしていた。歩くと吐いてしまうくらいの頭痛でほんとうに参ったけど、じっと点滴してればすっかり治ったので不思議。今はカテーテル検査と副作用の治療が終わって、一旦退院している。来週再入院して手術をする。

 いやあすごかったです。頭痛。髄圧の関係なので、臥位だと何ともなくて、起き上がると吐くほど痛いんです。通院はタクシーになるし、院内では点滴車椅子になるし、入院時はストレッチャーに乗ってバリ派手に運ばれてったし、自分のこととは思えなかった。

 また退職日が退院日で、保険がギリギリだったりして、金銭面のことで気を揉むことが多かった。先生に色々病気の説明してもらって、何か質問ありますか?と言う時に金の話ばっかりしてしまうのでした。

 新しい検査を宣告されるたびにビビりまくって脂汗かきまくりなのですが、いよいよ手術までやってきました。開頭ではなくカテーテルの手術で、場合によっては何回かする可能性が高いみたいです。全身麻酔に感謝。(髄液やカテーテル検査は局所麻酔なのです。)

 若干シリアスなモードなんですが、あまり気負わずいけたら…と思っています。コロナで面会が制限されているのが結構痛いです。入院て普通に寂しいものだな〜と思う。精神科のファーと地面から浮いてる(もしくはめり込んでる)みたいな入院しかあまり経験ないので、シラフで病院にいて、まわりもそんな人だと、緊張しちゃいます。いきなりオペラ歌う人とか1人くらい居たら和むのにな。