10 years ago

私は20代のある時期、実家暮らしだったが家には帰らず、友人の家に入り浸っていることが多かった。ルームシェアの空き部屋で寝て、家賃を週割で数千円とか少し支払っていることもあったし、単に親友の女の子のマンションに居ついていることも多かった。


外国人家族向けのマンションでルームシェアをしていたのは、何人か忘れたけれど白人の背の高い20代の英語教師の男の人と(広島出身の彼女がいた)、その部屋を運営していた写真家の男の子だった。何かのバーのイベントで知り合ったか、それよりも前に何かで知り合ったか、あまり覚えていないのだけど、無口で四角いボックスのカメラをゆらゆらさせていた。いつも真黒のローカットのコンバースを履いていた。

彼に写真を撮ってもらった事がある。彼とは全く恋愛関係に無かったが、写真は下着はしてるけど他はないみたいなやつで、しかし彼は私のリストカット痕が見えるように、私の腕を捻ったのを覚えている。


女の子のマンションは最高だった。人生で最良の日々と言っても過言ではない。茄子とトマトの炒めたのとか、それを机に運んでくる彼女とか、彼女の持つ恐ろしく大量の本とか、敷きっぱなしの布団とか、2人合わせると大変な種類になる睡眠薬とか、それでも眠れないでする編物だとか、全部は優しかった。私の薄い紺の花柄のワンピースをよく褒めてくれ、しかしそのうちに私はLONDONと書かれた白いTシャツばかり着て出かけるようになって、そのTシャツで彼女と「超能力」というバーによく行った。彼女は必ずウォッカを飲み、私はテキーラを飲むのだった。


その頃私は、この人は男版の私だなというくらい、理解できる友達を得たが、同じ頃出来た彼氏に、京都の男の人間関係を全て断つように言われ、そうしたので、今は京都の男の子達と何のつながりもない。何度かかかってきた電話には出なかった。私はそういう事が出来る。嫌なやつなんだ。

ま、その彼氏とも別れて今は結婚もして何の問題もないのだけど、ふと他の友人の名前から検索したインスタグラムで、写真家の彼が「10 years ago」というコメントつきで、私のリストカット痕を上げているのを見た。10年前、私達、他の数人のみんなで、星を見たり夜道を自転車に乗ったりした。開閉式の携帯に、「distination」とメールが来ていて、さっぱりわけがわからなかったりもした。それは10年前どころか実際は多分もっと前で、みんな若いから絶望していたけど、そこそこ楽しかった。


金閣寺のそばに住んでいたマンションの彼女とは、来月に会う。10年前、で終わらない友情の、喪失と再生。私達はもう若くはないけれど、まだ人生で交わる点がある。ディスティネーションに、私達はいるだろうか。それは何処だろう。

東京から星は、意外と見える。