モニター

夫は4月くらいからずっとリモートワークになっているが、その様子を見たことが無かった。私が出勤する頃、彼は大抵まだ寝ている。帰りに駅に着くと、夫は買い物や洗濯を済ませて駅まで迎えに来てくれるのだが、そこで今日はこんなアニメを観ましたとかこんな漫画を読んだよという報告があり、果たして君はどんな風にワークしているのか、なんなら本当にワークしてるのかという疑念が生じていた。酷い話である。

 


このご時世で毎朝検温が義務付けられている。記録しないといけないので、まあまあ真面目に測っているが、大体は35.6度くらいで朝はテンションも体温も低めである。

先日、いつも通り超ローテンションで測っていたら37.2度の微熱があった。生理前でホルモン的なことだと思うが、私はテンションが上がりだし、不謹慎だがウキウキで会社に電話する。出た管理者に体温を報告すると、37.5度からでないと有給にならないし、有給にするには社員番号と日付氏名のメモと共に体温計が写る証拠写真が必要だと言われ(知っている)、しかし37度以上の人間の出勤を許可するわけにもいかない(知っている)、なので内緒にしてあげてもよい(初耳の発想)と告げられたが、「あ〜万が一アレでもアレですし、本日は欠勤で処理していただけますか。申し訳ありませんスミマセン。」とお伝えし、先方も「(私の意図を伝えたしこいつも理解したな、ヨシ)承知しました!じゃ欠勤で伝えておきます!お大事に〜」と電話が切れた。よし、私は今日は休みだ、寝るぞ。

 


電話と入れ替わりに、夫が起床し、モゾモゾとTシャツを脱ぎ、眼鏡をかけた。半裸に眼鏡の夫はパソコンの前に座りじっとしている。何をしているのか尋ねると、始業時間の5分前でないとログイン出来ないらしい。業務時間は3種類あり、8時から16時半までと、終業がずれていき9時から10時からとあり、夫は主に8時から仕事をしているが、特に時間帯は固定ではないらしく、寝坊すると9時とか10時からにしているらしい。その日は9時前にログインしていた。

ログインが終わると、夫は私にコーヒーを用意し、自分は前日のペットボトルのジュースを飲んで、シャワーを浴びると言って風呂場に消えた。いけないんだけど、つい夫のパソコンとモニターの画面を覗きこむ。全部キリル文字に見えて意味不明だった。難しい仕事をしてるんだなぁ。

 


シャワーを浴びて国立天文台のお土産Tシャツを着た夫は、iPhoneでアニメを流しながら、会社貸与のノートパソコンをカタカタ操作し、モニターを睨む。彼はめちゃくちゃ仕事をしていた。疑っていたわけじゃないけど、アニメも観てたけど、夫が会社で仕事をしているところを見る機会もないので、こういう仕事なんだーと感動する。しかしどんな仕事かは見てもやはりよくわからないんだけど。

なんだか仕事の電話っぽい仕事の電話もしていて、半パンに無精髭のおじさんが、スーツのおじさんノリで電話をし、そのあと小躍りをしながら台所に行って、お湯を沸かしてカップラーメンを食べているのが、既にこなれた感じで良かった。

 


総合的に夫はとてもちゃんと難しげな仕事をしていて、同僚の人もちゃんと仕事をしていて、連携もしていた。会社行かなくても会社出来るんだ。

合間にシャワー浴びたり買い物に行ったりアニメ見たりしてるけど、それでも通常と同じに仕事出来るのであれば、かなり快適そうに思った。私は「熱が出ている人」として振る舞っていて、ウイダーインゼリーを吸い込みつつかなりの時間寝ていたので、見逃している部分はあるけど、起きたら、仕事が終わったという夫は筋トレをしており、めちゃくちゃ元気そうで、まあ彼はスーツで会社に行ってた時もそんなに疲れてなさそうではあったけど、とにかく平和な感じで良い感じだった。

 


さて、7月になって夫はまだリモートワークをしていて、特に不満も無さそうである。

雨でも傘をさしてマスクをして、半パンで駅に迎えにくる彼は、とても良い。帰りにマックシェイクを飲むのも楽しい。

日中誰とも話さない夫が、意味のわからない報告を矢継ぎ早にして、ヘトヘトの私の手を引いて歩く。私も私で今日の出来事をオチのない調子で報告し、道端のゴキブリを夫が踏み潰して成敗するのに怯える。

 


私はリモートワークはとても良いと思う。コロナ離婚なんて言葉もあるけど、今のところ(おそらく今後も)私は新型コロナウイルスの感染ロシアンルーレットの中を出勤しているので、感染しない限りはとても良い生活だよ。夫がいるので訪問看護を頼まなくて済んでいるようなものだけど、とにかく私たちは2人で、生活をしている。

生活を、している。馬鹿にしないでほしい。生きてるんよ。

 


あと私はリモートワークを見張っていたら、てっきりzoomってやつを見学出来ると思っていたけど、夫の業務はそんなビデオ会議みたいなのは別にやらないみたいだった。

あと夜勤も存在してて、暗がりでモニターが映った眼鏡の光る様子は、テレビに出てくるハッカーか引きこもりの人みたいで、趣があった。

あと最近は、家でゴキブリが出た時、彼は素手で叩き潰したので、私が思ってたよりもワイルドだと知った。家にゴキブリが生息していることも知った。奴ら、生きてるんよ。